【エンジェル税制「悪用」で約3.67億円脱税の罪】税理士が制度の仕組みとミニマムタックスへの影響を解説

2026年8月、スタートアップ投資を促進する「エンジェル税制」を悪用したとされる事件で、焼肉チェーン店運営会社の元代表ら2人が、所得税法違反の罪で起訴されました。

報道によると、元代表は2023年分の所得約22億7,600万円を隠し、所得税約3億6,700万円を免れた罪に問われています。横浜地検は被告らの認否を明らかにしておらず、現時点では有罪が確定したものではありません。

今回、税理士として注目したいのは、単なる「所得隠し」の事件ではなく、国が正式に設けている税制優遇制度が利用されていたという点です。

エンジェル税制は、要件を満たして正しく使えば、株式譲渡益などに対して非常に大きな税務メリットを受けられる制度です。

一方で、税制優遇の形式だけを整え、実際には投資資金が投資家側へ戻るような取引であれば、

「本当にスタートアップへ投資したといえるのか」

という取引の実態そのものが問われます。

さらに現在では、株式売却などによって多額の所得が発生する方について、「ミニマムタックス」と呼ばれる新しい課税制度も始まっています。

今回は、

・エンジェル税制とはどのような制度なのか
・今回の事件では何が問題視されているのか
・「節税」と「脱税」はどこで分かれるのか
・エンジェル税制とミニマムタックスはどう関係するのか

について、税理士の視点から整理してみたいと思います。

2026.8.12 TBS NEWS DIG
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2868138?display=1

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1.今回の事件では何が問題になったのでしょうか?

今回起訴された元代表は、自身が経営していた会社の株式を売却するなどして、多額の所得を得たとされています。

その際、スタートアップ企業への投資について税制上の優遇を受けられる「エンジェル税制」を利用したものの、その適用が適正ではなかったとして、2023年分の所得約22億7,600万円を隠し、所得税約3億6,700万円を免れた罪に問われています。

逮捕時の報道では、スタートアップ企業へ投資した資金について、その一部を自身の関係先へ戻す、いわゆる資金還流があったとみられていることも伝えられています。

ここが今回の事件を見るうえで非常に重要です。

エンジェル税制を利用したこと自体が問題なのではありません。

問題になっているのは、

「税制上はスタートアップへ投資した形になっているが、実際の資金の流れも本当に投資だったのか」

という点です。

税務では、契約書や確認書などの「形式」だけでなく、実際に誰へお金が渡り、その資金がどのように使われたのかという「実態」も確認されます。

2.そもそも「エンジェル税制」とは?

エンジェル税制とは、スタートアップへの投資を促進するため、一定のスタートアップ企業へ投資した個人投資家に税制上の優遇を与える制度です。

国税庁では、一定の「特定中小会社」「特定株式会社」「特定新規中小会社」などへ投資した個人について設けられた所得税の特例として整理されています。

スタートアップ企業は、創業直後には十分な利益や実績がなく、銀行からの融資だけでは成長資金を確保しにくいことがあります。

そこで、

個人投資家に税制上のメリットを与えることで、成長企業へリスクマネーを供給しやすくする

というのが制度の基本的な考え方です。

現在の制度では、投資した年に受けられる優遇措置だけでも複数の選択肢があります。
経済産業省は、主に「優遇措置A・A-2」「優遇措置B」「プレシード・シード特例」「起業特例」といった形で整理しています。

ここは少し分かりにくいため、順番に見ていきましょう。

3.エンジェル税制には大きく異なる2つの考え方があります

エンジェル税制を理解するうえで大切なのは、

「所得から控除する制度」と「株式譲渡益から控除する制度」は同じではない

という点です。

一定の設立間もないスタートアップへ投資した場合、

投資額-2,000円

を、その年の総所得金額等から所得控除することができます。

ただし、控除対象となる投資額には、

総所得金額等の40%と800万円のいずれか低い金額

という上限があります。

例えば、対象となるスタートアップへ500万円投資した場合、
一定の要件を満たせば498万8,000円を所得控除できる可能性があります。

給与所得や事業所得などが大きい方にとっては、所得税を減らす効果があります。

ただし、この制度は基本的には課税の繰延べという性格を持っています。

将来そのスタートアップ株式を売却するときには、投資時に優遇を受けた金額について取得価額を調整する仕組みがあるためです。

4.一定のスタートアップでは「繰延べ」ではなく「非課税」になる場合も

現在のエンジェル税制には、単なる課税繰延べではなく、一定額まで取得価額の調整を不要とする、実質的な非課税措置も設けられています。

一定の設立間もないスタートアップへの投資について利用できる「プレシード・シード特例」や、自ら会社を設立して出資する場合の「起業特例」です。

一定の要件を満たす場合、20億円までの投資額について取得価額の調整が不要となり、株式譲渡益から控除した部分が実質的に非課税となる仕組みです。

これは非常に大きな優遇措置です。

例えば会社を売却して10億円の株式譲渡益が出た経営者が、その資金を次のスタートアップへ適正に再投資する場合、要件次第では税負担を大きく抑えながら、新しい会社へ資金を回すことが可能になります。

つまりエンジェル税制は、

「成功した起業家や投資家の資金を、次のスタートアップへ循環させる」

という政策的な役割を持つ制度なのです。

なお、2026年1月1日以後に取得する株式については、再投資できる期間が株式譲渡益発生年の翌年末まで延長されるなどの改正も行われています。非課税措置には一定の保有期間も設けられています。

5.今回の事件で問われるのは「書類」よりも「投資の実態」

エンジェル税制を利用する場合、一般に投資先企業が都道府県等へ確認申請を行い、「確認書」の交付を受けます。

その確認書を投資家へ渡し、投資家が確定申告時に税務署へ必要書類を提出するという流れになります。

ここで注意したいのが、

「確認書が発行された=その後の取引も含めて税務署から認められた」わけではない

という点です。

確認書が存在していても、

  • 実際に投資資金が払い込まれているか
  • 投資先で資金がどのように使われたか
  • 投資家側へ資金が還流していないか
  • 別の契約や裏の合意が存在しないか
  • 申請した内容と実際の取引が一致しているか

について問題があれば、税務調査や査察で改めて確認される可能性があります。

今回の事件についても、報道どおり投資資金の還流があったとすれば、

「形式的には投資でも、経済的な実態として本当に投資だったのか」

が重要な争点になると考えられます。

もちろん、現在は起訴段階であり、最終的な事実認定は今後の裁判によることになります。

6. ここで重要になる「ミニマムタックス」とは?

今回のニュースを現在の税制から考える場合、もう一つ知っておきたい制度があります。

いわゆる**「ミニマムタックス」**です。

正式には、

「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」

と呼ばれ、令和7年分、つまり2025年分の所得税から適用されています。

この制度が導入された背景には、所得が非常に大きい人ほど、所得に占める株式譲渡益などの割合が増え、所得税の実効負担率がかえって低下する場合があるという問題があります。

給与や事業所得には最高45%の所得税率が適用される一方、株式譲渡益は原則として国税15%の申告分離課税だからです。

そこで一定以上の高額所得者について、最低限の所得税負担を求める制度が導入されました。

現行制度では、

(基準所得金額-3億3,000万円)×22.5%

と通常の方法で計算した「基準所得税額」を比較し、前者が上回る場合、その差額を追加で納税します。

ここで一つ注意があります。

「所得が3億3,000万円を超えたら、すぐに22.5%課税される」

という意味ではありません。

通常の所得税額と比較して、それでも税負担が不足するときに差額が課税される仕組みです。

7.今回の2023年の事件には「ミニマムタックス」は適用されません

ここは今回の記事で明確に分けておく必要があります。

報道されている事件は2023年分の所得税に関するものです。

一方、ミニマムタックスが適用されるのは2025年分の所得税からです。

したがって、

今回起訴された2023年分の税額計算に、現在のミニマムタックスが適用されていたわけではありません。

ただし、現在、会社のM&Aや株式売却によって数億円、数十億円規模の株式譲渡益が発生する経営者がエンジェル税制を利用する場合には、

「エンジェル税制を使った後、ミニマムタックスまで考慮すると最終的な税額はいくらになるのか」

まで確認する必要があります。

ここが2023年当時と現在との大きな違いです。

8.エンジェル税制とミニマムタックスは「どの制度を使うか」で効き方が変わる

ここは税理士として特に重要だと考えているポイントです。

エンジェル税制には、

所得控除を行う制度と、株式譲渡所得そのものから控除する制度があります。

一見すると似ていますが、ミニマムタックスとの関係では大きな違いが生じます。

ミニマムタックスの「基準所得金額」は、総所得金額と分離課税される各種所得を合計して計算します。
通常の所得税計算で使う基礎控除や寄附金控除などの「所得控除を差し引いた後の課税所得」とは考え方が異なります。

そのため、例えばエンジェル税制の優遇措置Aによる所得控除は、通常の所得税額を減らす効果はあっても、ミニマムタックスの基準所得金額そのものを直接減らすものではありません。

計算構造上、ミニマムタックスの対象となるほど所得が大きい方では、所得控除によって通常の所得税額が下がった結果、ミニマムタックスとして追加される税額が増え、本来想定していた節税効果の一部または全部が相殺される可能性があります。

これは、国税庁が示している「基準所得金額」と「基準所得税額」の計算方法から導かれる実務上の重要なポイントです。

一方、優遇措置Bなどのように株式譲渡益そのものから投資額を控除する制度は、その年の株式譲渡所得等の金額自体を減少させます。

つまり、

「税金を計算した後で控除する」のか、「税金を計算する前の所得そのものを減らす」のか

によって、ミニマムタックスとの関係も変わってくるわけです。

財務省も、ミニマムタックスについて、スタートアップへの再投資による非課税所得やNISAの非課税所得は対象外とし、政策的に設けられた特別控除についても控除後の金額を用いることを明らかにしています。

したがって、多額の株式譲渡益がある方がエンジェル税制を利用する場合には、

「どの制度が一番控除額が大きいか」だけで選択するのでは不十分

です。

ミニマムタックスを含め、最終的な所得税額までシミュレーションしたうえで選択する必要があります。

9.さらに令和9年分からミニマムタックスは大幅に強化されます

そして、M&Aなどを検討している経営者にとっては、もう一つ重要な改正があります。

令和8年度税制改正により、ミニマムタックスは令和9年分(2027年分)の所得税から大幅に強化されます。

現行では、

(基準所得金額-3億3,000万円)×22.5%

ですが、令和9年分からは、

(基準所得金額-1億6,500万円)×30%

へ変更されます。

つまり、

  • 控除される金額は3億3,000万円→1億6,500万円へ半減
  • 税率は22.5%→30%へ上昇

します。

財務省は、所得のすべてが15%の分離課税所得だった場合、現行制度ではおおむね10億円程度から追加負担が生じ得るのに対し、改正後は約3.4億円程度から追加負担が発生するイメージを示しています。
実際の申告実績ベースでは、影響が生じる所得水準は約6億円程度とされています。

これは、会社をM&Aで売却するオーナー経営者にとって非常に大きな変更です。

例えば、

「会社を10億円で売却する」
「創業株式なので取得価額がほとんどない」

といったケースでは、株式譲渡所得が数億円を超えることも珍しくありません。

その場合、

M&Aの税金は約20%だから、手取りは約8割

という従来の感覚だけでは判断できなくなります。

今後は、売却年度、その他の所得、エンジェル税制による再投資なども含めて税額を検討する必要があります。

10.今回の事件から考える「節税」と「脱税」の境界線

節税と脱税は全く違います。

節税とは、

法律で認められた制度を、実際の取引内容に基づいて正しく利用して税負担を抑えること

です。

エンジェル税制も、要件を満たしたスタートアップへ実際に投資し、必要な手続を行ったうえで利用するのであれば、国が認めている正当な税制優遇です。

一方、

  • 架空の取引を作る
  • 実際には投資していないのに投資したように装う
  • 投資資金を別ルートで戻すことをあらかじめ予定する
  • 実際と異なる内容で申告する

といった行為があれば、話は全く変わります。

特に、

「税務メリットを受けるために出した資金が、短期間でほぼそのまま自分側へ戻ってくる」

という取引については、その資金移動に合理的な理由があるのかを慎重に確認する必要があります。

もちろん、資金が戻ったという事実だけで直ちに脱税になるわけではありません。

正当な商品代金、業務委託料、配当、株式譲渡代金などとして経済的な合理性があり、実態が伴っている取引もあります。

重要なのは、

一つ一つの契約だけを見るのではなく、取引全体を通して何が行われたのか

という視点です。

11. よくある質問

エンジェル税制は危険な制度なのでしょうか?

いいえ。

エンジェル税制自体は、スタートアップへの投資を促進するために設けられた正式な税制優遇制度です。

今回問題となっているのは制度そのものではなく、その利用方法です。

要件を満たした企業へ実際に投資し、適切な申請・確定申告を行えば、制度を利用すること自体に問題はありません。

エンジェル税制を使えば、投資額がすべて非課税になりますか?

そうとは限りません。

優遇措置AやBのように基本的には課税を将来へ繰り延べる制度と、一定のプレシード・シード企業などへの投資について20億円まで取得価額調整を行わない非課税措置があります。

どの制度を利用できるかは、投資先企業の設立年数、外部資本の割合、投資方法などによって異なります。

エンジェル税制を使えばミニマムタックスもかからなくなりますか?

一概にはいえません。

エンジェル税制のどの優遇措置を利用するのか、その他にどの程度の所得があるのかによって結果は異なります。

特に所得控除型の優遇措置Aと、株式譲渡所得から直接控除する優遇措置B等では、ミニマムタックスへの影響が異なります。

高額な株式譲渡益が発生する場合には、通常の所得税だけでなくミニマムタックスまで含めた個別計算が必要です。

M&Aで会社を売却する予定ですが、エンジェル税制を利用できますか?

条件を満たせば検討できる場合があります。

特にオーナー経営者が自社株を売却して多額の株式譲渡益が発生し、その資金を新たなスタートアップへ投資する場合、エンジェル税制が重要な選択肢になることがあります。

ただし、売却後に検討するのではなく、株式譲渡の時期、投資時期、投資先企業の要件、ミニマムタックスなどを含め、M&Aを実行する前から税務シミュレーションを行うことが重要です。

7.まとめ

今回の事件では、エンジェル税制を悪用して2023年分の所得税約3億6,700万円を免れたとして、焼肉チェーン店運営会社の元代表らが起訴されました。

エンジェル税制は、本来、スタートアップへの資金供給を促進するために設けられた重要な制度です。

今回のニュースから押さえておきたいのは、次の点です。

  • エンジェル税制そのものは正当な税制優遇制度
  • 所得控除型と株式譲渡益控除型では税務効果が異なる
  • 一定のスタートアップ投資には非課税措置もある
  • 確認書などの形式だけでなく、実際の資金の流れが重要
  • 今回の2023年分にはミニマムタックスは適用されていない
  • 現在は高額所得者についてミニマムタックスまで検討する必要がある
  • 令和9年分からミニマムタックスはさらに強化される

特にこれからM&Aなどで大きな株式譲渡益が発生する経営者にとっては、

「株式譲渡税は約20%だから、税額計算は簡単」

とはいえない時代になっています。

エンジェル税制を利用するのか。

利用するとすれば、どの優遇措置を選択するのか。

投資時期をいつにするのか。

さらにミニマムタックスまで含めると最終的な税額はいくらになるのか。

これらを一体として検討する必要があります。

SEGAWA

今回のニュースで重要なのは、税制優遇が大きい制度ほど、取引の実態まで説明できることが重要という点です。
エンジェル税制は、M&Aなどで大きな株式譲渡益が発生した経営者が、次のスタートアップへ再投資する際に有効な制度です。
一方で、「どれだけ税金が減るか」だけでなく、なぜ税金が減るのか、投資としての実態があるのかまで確認する必要があります。
現在はミニマムタックスもあるため、高額所得者ではエンジェル税制の使い方によって最終的な税負担が変わる可能性があります。
今後は、M&Aによる株式売却、再投資、エンジェル税制、ミニマムタックスを、売却前から一体で検討することがますます重要になると考えています。

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